Mag-log in内覧会は午後まで続いた。私たちは七つの区画すべてを再び巡り、それぞれの専門的見地から意見を交換した。
橘医師は医学的な観点から、各植物の毒性と症状について詳しく説明した。芦名博士は化学的な分析を加え、毒物の構造式や作用機序について論じた。椿夫人は芸術家らしい感性で、植物の形態美と色彩について語った。そして私は、植物学的な分類と生態について解説した。
久我は熱心に耳を傾け、時折鋭い質問を投げかけた。彼の知識は驚くほど深く、専門家である私たちを驚かせた。特に錬金術や古代の薬草学については、並外れた見識を持っているようだった。
最後に、私たちは久我の書斎に集められた。そこで茶が振る舞われ、談笑のひとときを過ごした。書斎は洋風の造りで、壁一面に書籍が並んでいた。タイトルを見ると、植物学や化学の専門書に混じって、錬金術や神秘主義に関する古書が多数あった。ラテン語やギリシャ語の古典、中世の写本の複製本なども見える。
「本日はありがとうございました」
久我が言った。
「皆様の専門的な意見を伺えて、大変有意義でした。特に神坂先生、毒性についてのご指摘は参考になりました」
「いえ、こちらこそ貴重な体験をさせていただきました」
私は答えた。
「ただ一つ気になることが」
「何でしょう?」
「あれほど多くの有毒植物を一箇所に集めて、安全面は大丈夫なのでしょうか? 万が一、複数の毒物が混合した場合、予想外の化学反応が起きる可能性もあります」
「ご心配なく。各区画は完全に独立しており、空気の循環も個別に管理しています。それに」
久我は懐から鍵束を取り出して見せた。
「入室できるのは私と柊木だけ。この鍵は常に身につけており、決して他人の手に渡ることはありません」
柊木も同じものを持っています、と久我は続けた。
「万が一、私に何かあった時のために。しかし柊木は二十年来の信頼できる部下です。彼なら、この庭園を私以上に愛し、理解している」
柊木は窓際に立ち、硝子庭園を眺めていた。その横顔には、複雑な表情が浮かんでいた。
夕刻、私たちは鏡見邸を辞した。馬車で東京へ戻る途中、私は硝子庭園のことを考え続けていた。あの奇妙な配置、計算された光の屈折、そして久我の言った「暗号」。何か重要なことを見落としているような気がした。
植物が三株ずつ、正三角形に配置されている。その意味は何か? 単なる美的配慮ではないはずだ。記憶術の一種だと芦名博士は言った。しかし、何を記憶させようとしているのか?
そして光の屈折。隣の区画から見ると、植物の位置が実際とは異なって見える。それは単に万華鏡的な美を演出するためだけだろうか? いや、もっと深い意図があるはずだ。
馬車が東京の街に入る頃には、既に日が暮れていた。ガス灯が通りを照らし、人々が行き交っている。しかし私の心は、あの硝子に囲まれた異空間に留まっていた。
翌朝、私は警視庁から緊急の呼び出しを受けた。
「鏡見邸で死亡事件です。神坂先生、すぐに来ていただけますか」
電話の向こうで、警部の声が緊迫していた。
「被害者は?」
「園芸師の柊木という男です」
私は息を呑んだ。昨日まで生きていた男が、今は死んでいる。
急いで支度をし、警視庁の馬車で鏡見邸へ向かった。途中、警部から簡単な状況説明を受けた。
「今朝八時頃、鏡見久我氏が硝子庭園の見回りをしようとしたところ、硝子越しに柊木の遺体が見えたそうです。中央区画の中央付近に、倒れていたと」
「扉は?」
「施錠されていました。内側から」
密室か、と私は思った。
鏡見邸に着くと、既に警察が到着していた。久我は応接間で憔悴した様子で座っていた。昨日の自信に満ちた表情は消え、青白い顔をしていた。
「神坂先生……」
久我が私を見て立ち上がった。
「信じられません。柊木が、あのような形で……」
「落ち着いてください。詳しく状況を聞かせていただけますか」
久我の説明によれば、今朝八時、いつものように硝子庭園の状態を確認しようとしたところ、中央区画に柊木が倒れているのが見えたという。
「すぐに駆けつけましたが、扉は内側から施錠されていました。私の鍵で開けて中に入ったところ、柊木は既に……」
私たちは硝子庭園へ向かった。中央区画の扉は今は開いており、中には警察が入っていた。
遺体は区画の中央付近に倒れていた。柊木は仰向けになっており、顔は苦悶に歪んでいた。目は見開かれ、口は半開きになっている。全身が硬直しており、死後数時間は経過しているようだった。
私は遺体に近づき、詳しく観察した。
まず目立つのは、顔の筋肉の異常な緊張だ。特に口元と顎の筋肉が極度に収縮している。これは強力な痙攣が起きた証拠だ。
口腔内を調べる。舌に微かな紫色の変色がある。そして舌の表面に細かい傷がある。痙攣の際、自分で噛んだのだろう。
手指を見る。爪の間に土が入っているが、それは普段の作業によるものだろう。しかし指先が微かに変色している。
衣服を調べる。作業着の袖、特に右腕の袖口に、わずかな染みがある。これは何かの液体だ。
「この染みを採取させてください」
私は警部に告げた。
「毒物の可能性があります」
現場を検分する。中央区画の扉は確かに内側から施錠されていた。鍵は柊木の作業着のポケットに入っていた。
硝子の壁には破損も亀裂もない。天井の換気口は直径五センチ程度で、人が通れる大きさではない。床は土だが、掘り返された形跡はない。
完全な密室だった。
「足跡は?」
私は尋ねた。
「被害者のものしかありません。それも入口から遺体まで、ほぼまっすぐ伸びているだけです」
確かに、土の上には柊木の足跡が残っていた。入口から遺体の位置まで、約十歩分の足跡。それ以外には何もない。
私は植物を調べた。スズラン、ジギタリス、イチイ。すべて昨日見たままの位置にある。土も掘り返された形跡はない。枝が折られたり、葉が千切られたりした様子もない。
「毒物は特定できましたか?」
警部が尋ねた。
「まだ確定的なことは言えませんが」
私は柊木の顔をもう一度見た。
「症状から判断すると、ストリキニーネの可能性が高いですね。強い痙攣、顔面筋の硬直、これらは典型的なストリキニーネ中毒の症状です」
「ストリキニーネ? それはここにあるのですか?」
「熱帯区画にあります。ストリキニーネの木から抽出される猛毒です」
しかし問題がある。柊木はどうやってストリキニーネを摂取したのか? そして、なぜ温帯区画で死んでいるのか?
久我を呼んで、さらに詳しく事情を聞いた。
「昨夜、柊木と別れたのは何時ですか?」
「七時頃です。内覧会の後、二人で庭園の状態を確認しました。異常はありませんでした」
「その時、柊木の様子は?」
「いつもと変わりありませんでした。いえ、少し興奮しているようにも見えました」
「興奮?」
「はい。何か言いたげな様子でしたが、結局何も言いませんでした。私も特に気に留めませんでした」
「その後、柊木は?」
「邸内の部屋に戻ったはずです。柊木は住み込みで働いていましたから」
「今朝、庭園に入ろうとした時、扉は施錠されていましたか?」
「はい。私の鍵で開けました」
「柊木が庭園に入ったのは何時頃だと思いますか?」
「分かりません。ただ、柊木は早起きでした。恐らく朝の六時頃には庭園に入っていたのではないでしょうか」
私は考えた。柊木は朝、自分の鍵で庭園に入り、中央区画まで行った。そこで何らかの方法でストリキニーネを摂取し、扉を内側から施錠して死んだ。
しかしそれでは自殺になる。
「柊木に自殺する理由はありましたか?」
「まさか」
久我は強く首を横に振った。
「彼はこの庭園を誰よりも愛していました。自殺などあり得ません。それに、二十年も一緒に仕事をしてきた私が、彼の異変に気づかないはずがない」
では他殺か。しかし犯人はどうやって密室を作ったのか?
私は遺体を改めて観察した。死後硬直の程度から、死亡時刻は朝の六時から七時の間と推定される。
衣服の染みを詳しく調べる。これは明らかに植物の樹液だ。しかも新しい。昨夜から今朝にかけてついたものだろう。
「この染みを至急分析してください」
私は警部に告げた。
「恐らくストリキニーネが検出されるはずです」
午後、警察の鑑識が現場の詳細な調査を行った。私も同行し、硝子庭園の構造を改めて確認した。
七つの区画は確かに完全に独立している。各区画の扉は頑丈な鉄製で、外からも内からも施錠できる。鍵穴は内外にあるが、内側から施錠した場合、外から開けることはできない。
換気システムも個別だ。各区画の天井に小さな通気口があり、そこから外気が取り込まれ、温度と湿度が調整される。しかし通気口は小さく、人はおろか猫一匹通れない。
床下も調べたが、コンクリートの基礎が厚く、地下から侵入することは不可能だ。
完璧な密室だった。
夕方、分析結果が出た。
「袖の染みから、高濃度のストリキニーネが検出されました」
鑑識の報告を聞いて、私は確信した。
「柊木は、ストリキニーネの樹液に触れたことで中毒死したのです」
「しかし」
警部が疑問を呈した。
「ストリキニーネは経皮吸収されるのですか?」
「通常は吸収されにくいのですが、高濃度であれば可能です。特に、皮膚に傷があった場合は」
私は柊木の右手首を見た。そこには古い傷跡がある。普段の作業でできた小さな傷だ。
「この傷から、高濃度のストリキニーネが体内に入った。そして急速に神経系に作用し、全身の痙攣を引き起こした」
「では、これは事故ですか?」
「それとも」
私は言葉を濁した。
「自殺か、他殺か」
それから一年が経った。 私は東京帝国大学で、相変わらず植物学を講じている。時折、警視庁から毒物鑑定の依頼を受けることもある。 しかし、あの硝子庭園のことは、決して忘れることができない。 久我は執行猶予の身で、今も鏡見邸に住んでいる。しかし、硝子庭園には二度と足を踏み入れていないという。 庭園は完全に封鎖され、植物は誰の手入れも受けずに成長を続けている。いずれ、硝子の壁を突き破って外に出てくるかもしれない。 しかし久我は、それを恐れていないようだった。「植物は生きています」 彼は私に手紙で書いてきた。「たとえ人間が管理しなくても、彼らは自分の道を見つける。そして、この庭園が崩壊する時、それは私の罪が許される時かもしれません」 私は時折、鏡見邸の近くを通ることがある。丘の上から、硝子庭園が陽光を反射して輝いているのが見える。 その輝きは美しく、しかし同時に悲しい。 ある日、私は橘医師と偶然再会した。「神坂先生、あの事件以来ですね」 橘は言った。「私はあの日、硝子庭園で何かに気づくべきだったのかもしれません。医師として、柊木の異変に」「あなたの責任ではありません」 私は答えた。「誰も、柊木の本当の思いに気づくことはできなかった」「しかし……」 橘は遠くを見つめた。「美しいものには、必ず代償がある。あの庭園は、それを教えてくれました」 私は頷いた。 美と毒は表裏一体。それは自然の真理だ。そして、知識もまた同じだ。 知を求めることは人間の本質だが、それが過ぎれば狂気となる。 賢者の石。不老不死。人間は何千年もの間、それを追い求めてきた。 しかし、真の不死とは何か? 私は今、一つの答えを持っている。 それは、記憶の継承だ。 鏡見久明の精神は、硝子庭園という形で残った。柊木の情熱も、その庭園の中に封じ込め
事件から一ヶ月後、私は再び鏡見邸を訪れた。久我に頼まれて、最後の調査をするためだ。 久我は以前より痩せ、老け込んでいた。しかし目には、どこか安堵したような光があった。「神坂先生、本当に申し訳ありませんでした」 久我は深々と頭を下げた。「私の愚かな執念が、柊木を死に追いやってしまった」「あなたを責めるつもりはありません」 私は答えた。「柊木は自らの意志で、あの選択をした」「しかし、もし私が最初から真実を明かしていれば」「真実は複雑です」 私は言った。「あなたの暗号は、確かに座標を示していた。しかし同時に、錬金術的な儀式の手順も示していた。どちらも正しく、どちらも間違っている」 私は硝子庭園の図面を久我に返した。「この庭園は、記憶の宮殿でした。あなたの兄の記憶、柊木の情熱の記憶、そして錬金術という幻想の記憶。すべてが硝子の中に封じ込められている」 久我は硝子庭園を遠くから眺めた。陽光を反射して輝く、美しい墓標を。「神坂先生、最後に一つだけ教えてください」「何でしょう」「霊薬は、本当に存在しないのでしょうか?」 私は長い沈黙の後、答えた。「それは誰にも分かりません。錬金術師たちは何百年も探求し続けた。しかし見つからなかった——いや、見つけられなかった。なぜなら、彼らは間違った場所を探していたからかもしれません」「間違った場所?」「霊薬は物質ではなく、認識かもしれない。死を超越する方法は、肉体の不死ではなく、記憶の継承かもしれない。あなたの兄は死にました。しかし、この庭園という形で、その精神は残り続ける」 久我は微笑んだ。悲しく、しかし安堵したような微笑みだった。「そうかもしれませんね」 私たちは並んで、硝子庭園を見つめた。 しかし、私にはまだ一つ、久我に話していないことがあった。 それは、柊木の死の真相についてだ。
その夜、私は自宅で硝子庭園の図面を広げ、詳細な分析を行った。 植物の配置、光の屈折率、幾何学的図形。すべての要素を総合的に検討する。 ヘルメスの薔薇十字。七つの惑星記号。そして中心の六芒星。 これらは確かに錬金術の象徴だ。しかし、それだけだろうか? 私は別の可能性を考え始めた。 もし、この暗号が二重の意味を持っているとしたら? 表面的には霊薬の製法を示しているように見える。しかし、その下に別の意味が隠されているとしたら? 私は植物の配置を数値化してみた。各植物の三角形の頂点の座標を、庭園全体を基準とした数値で表す。 そして、それらの数値を特定の順序で並べると—— 数字の羅列が現れた。 最初は意味が分からなかった。しかし、よく見ると——「これは……座標だ」 北緯と東経を示す座標だった。 私は地図を広げた。その座標が示す地点は—— 鏡見邸の敷地内だ。正確には、硝子庭園の真下。 私は翌朝、すぐに鏡見邸へ向かった。 久我に会うと、単刀直入に尋ねた。「久我さん、あなたには双子の兄弟がいましたね?」 久我は顔色を失った。「……どうして、それを」「調べました」 私は言った。「三十年前、あなたの兄、鏡見久明氏が失踪した。公式には失踪ですが、真実は違う」 久我は立ち尽くした。やがて、力なく頷いた。「三十年前、兄は死にました」「あなたが殺した」「いいえ!」 久我は強く首を横に振った。「私は殺していません。兄は自分で……」 彼は椅子に座り、顔を覆った。「私の兄、久明は、同じく錬金術の研究者でした。いや、私以上に熱狂的だった。彼は実際に賢者の石を作ろうとして
私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。「柊木は、それを実行しようとした……」「まさか」 久我は蒼白になった。「そんなはずは。暗号は完全には解読されていないはずです。私でさえ、まだ『七つの毒』が何を指すのか分からないのに」「しかし柊木は、自分なりの解釈をした」 私は推理を続けた。「彼はストリキニーネを『七つの毒』の一つと考えた。そして、幻の植物が見える地点——中央区画の中心——で、その毒を摂取すれば、何かが起きると信じた」「しかし、それは……」「死にます」 私は断言した。「ストリキニーネは致死性の毒です。解毒剤もありません。摂取すれば、確実に死にます」 久我は椅子に崩れ落ちた。「私の責任です。私が暗号に執着したから、柊木は……」 しかし、私にはまだ疑問があった。 柊木は本当に、自分の意志で毒を摂取したのか? それとも、誰かに強要されたのか? あるいは—— 私は新しい可能性を考えた。「久我さん、ストリキニーネの木の土壌について、何か特別な処理をしていますか?」「え?」 久我は顔を上げた。「土壌? いえ、特には……」「本当に?」 私は厳しい目で彼を見た。「私が調べたところ、その土壌には通常ではありえない量の窒素化合物が含まれていました。そして、特殊な菌類も」 久我は観念したように頷いた。「……はい。土壌を調整しました」「なぜ?」「ストリキニーネの毒性を高めるためです」 久我は小さな声で言った。「サン=ジェルマンの文書には、『超高濃度の毒』が必要だと書かれていました。通常の植物では足りな
翌日、私は再び鏡見邸を訪れた。今度は一人で、詳細な調査を行うためだ。 久我は快く協力してくれた。「神坂先生、どうか真相を明らかにしてください。柊木の死が、単なる事故であってほしい。しかし、もしそうでないなら、私は知る必要があります」 私はまず、硝子庭園全体の構造を詳しく調べることにした。 中央の温帯区画から始める。六角形の区画は、一辺が約五メートル。硝子の壁の厚さは確かに三寸(約九センチ)ある。この厚さは尋常ではない。通常の温室ガラスの数倍だ。 硝子の表面を注意深く観察する。滑らかに見えるが、よく見ると微妙な凹凸がある。これが光の屈折を生み出しているのだ。 天井も硝子だが、換気用の小さな通気口がある。直径五センチ程度で、金属製の網が張られている。ここから人が侵入することは物理的に不可能だ。 床は土だが、掘り返してみると、その下にはコンクリートの基礎がある。少なくとも三十センチの厚さだ。地下から侵入することも不可能だ。 扉は頑丈な鉄製で、内側から掛け金がかかる構造になっている。鍵穴は内外にあるが、複雑な機構になっており、内側から施錠した場合、外から開けることはできない。「完璧な密室ですね」 私は呟いた。 次に、熱帯区画に移動した。ここにはストリキニーネの木がある。 三株の木は、確かに正三角形の頂点に配置されている。それぞれ高さは二メートルほどで、楕円形の葉を茂らせている。樹皮は灰褐色で、特に目立った特徴はない。しかし、この樹皮から抽出される物質は、人類が知る最も強力な毒の一つだ。 私は慎重に木に近づいた。樹皮に傷はない。枝も折られていない。しかし、根元の土が微かに乱れているように見える。 久我を呼んだ。「この木の根元、最近誰か触りましたか?」 久我は首を横に振った。「いえ、植物には必要最小限の世話しかしません。水やりと、時折の剪定だけです」「柊木は?」「彼も同じです。この庭園の植物は、一度配置したら極力動かさないのが原則です」 しかし、私の目には
内覧会は午後まで続いた。私たちは七つの区画すべてを再び巡り、それぞれの専門的見地から意見を交換した。 橘医師は医学的な観点から、各植物の毒性と症状について詳しく説明した。芦名博士は化学的な分析を加え、毒物の構造式や作用機序について論じた。椿夫人は芸術家らしい感性で、植物の形態美と色彩について語った。そして私は、植物学的な分類と生態について解説した。 久我は熱心に耳を傾け、時折鋭い質問を投げかけた。彼の知識は驚くほど深く、専門家である私たちを驚かせた。特に錬金術や古代の薬草学については、並外れた見識を持っているようだった。 最後に、私たちは久我の書斎に集められた。そこで茶が振る舞われ、談笑のひとときを過ごした。書斎は洋風の造りで、壁一面に書籍が並んでいた。タイトルを見ると、植物学や化学の専門書に混じって、錬金術や神秘主義に関する古書が多数あった。ラテン語やギリシャ語の古典、中世の写本の複製本なども見える。「本日はありがとうございました」 久我が言った。「皆様の専門的な意見を伺えて、大変有意義でした。特に神坂先生、毒性についてのご指摘は参考になりました」「いえ、こちらこそ貴重な体験をさせていただきました」 私は答えた。「ただ一つ気になることが」「何でしょう?」「あれほど多くの有毒植物を一箇所に集めて、安全面は大丈夫なのでしょうか? 万が一、複数の毒物が混合した場合、予想外の化学反応が起きる可能性もあります」「ご心配なく。各区画は完全に独立しており、空気の循環も個別に管理しています。それに」 久我は懐から鍵束を取り出して見せた。「入室できるのは私と柊木だけ。この鍵は常に身につけており、決して他人の手に渡ることはありません」 柊木も同じものを持っています、と久我は続けた。「万が一、私に何かあった時のために。しかし柊木は二十年来の信頼できる部下です。彼なら、この庭園を私以上に愛し、理解している」 柊木は窓際に立ち、硝子庭園を眺めていた。その横顔には、複雑な表情が浮かんでいた。 夕刻、私たちは鏡見邸を辞した。馬車で東京へ戻る途中、私は硝子庭園のことを考え続けていた。あの奇妙な配置、計算された光の屈折、そして久我の言った「暗号」。何か重要なことを見落としているような気がした。 植物が三株ずつ、正三角形に配置されている。その意味は何か? 単